本とプレイヤー 

  • 2016/11/21
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こんにちは、プレイヤー。

最近はどうしていますか。風邪などはひいていませんか。学校ではうまくやっていますか、仕事は順調ですか、そしてゲームの調子はどうでしょうか。

余計なお世話かもしれないのですが、わたしはあなたのことが心配でなりません。

なぜならあなたたち人間というものが、このところあまり良い状態にあるように、見えないからです。

そう、わたしは人間というものが心配でなりません。

あなたがゲームにおいて目指しているのは、もちろん勝利です。

そして勝利はあなたの幸福を意味しています。けれど、難しいのはあなたが勝利すると同時に、その総体である人間というものが勝利しなければいけないということです。

つまりあなたという一個のプレイヤーのみの勝利では不完全なのです。  なぜなのか、と思うでしょうか。

なぜ自分の幸福だけではいけないのか。住む家があり、衣食が満たされ、有意義に思える仕事があり、お金もあり、ほかのプレイヤーにも尊敬される、それではいけないのか、それで十分幸福で、勝利したことになるのではないか?

そうです、そうです、それはたしかに幸福なことです。  しかしこう考えてください。一個のプレイヤーであるあなたの体は、さまざまな部分から成っています。

そしてあなたが幸福であるためには、その部分のすべてが幸福でなくてはいけません。もしあなたの右の手首が動かすたびに痛むとしたら、あなたはたぶん完全に幸福ではありません。

じつはプレイヤーというものは群体の一部なのです。あなたというプレイヤーは周囲にいるほかのプレイヤーがいないと成立しません。

あなたがゲームに勝利した時、その勝利を認めてくれるほかのプレイヤーがいないとしたらどうでしょう。

あなたを見るプレイヤーがいなかったら、あなたの存在を認める者が存在しなかったら、あなたがゲームに従事していること自体がなくなってしまうということになるのではありませんか。

プレイヤー、あなたがやっているゲームはプレイヤー間の勝敗が重要なのではありません。ちがいます。しかしそうは言っても、このゲームの目的を明らかにしたプレイヤーはいままでいません。

何人かのプレイヤーがゲームの真の意味に、その本質のごく近くまで辿りつきましたが、いまだにそれは謎ということになっています。

そしてどうやらゲームはつねに崩壊の危機にあるようです。ゲームは安定していないのです。けれどもちろんゲームはつづかなければなりません。

ですからわたしはゲーム崩壊の可能性の上昇を抑止するために、ひとつだけプレイヤーの便宜を図ることにしました。

わたしが図った便宜は、寓話となってプレイヤーにも知られています。パンドラの箱という話です。あなたも聞いたことがあると思います。

パンドラの箱の話はプレイヤーからは多義的なものと思われています。パンドラの箱の底に残ったものについては、そして何のために残ったかについては、意味は確定されていません。

けれど、多くの者は、パンドラが箱を開けてしまったせいで災厄が飛びだし、世界に広がり、そして箱の底に小さな予兆あるいは希望だけが残ったと理解しています。

パンドラの箱の底に残ったものが何であれ、その形について語ったプレイヤーはいません。いま明らかにしておきましょう。  それは本の形をしていました。

本こそが予兆であり、希望なのです。  パンドラの底に残ったものは、小さくて震えていたとも言われます。

たぶん臆病なのでしょう。たしかにそれは自分から声をあげることはできません。尋ねた者にしか答えを返せないのです。  けれど本はプレイヤーの友人であり、ガイドです。

プレイヤーには時空を超えることはできません。  プレイヤーは時間と空間の虜囚です。けれど、言葉に載った本は、簡単に空間を超えます。

驚くべきことに時間さえ軽々と超えます。過去に行くことをプレイヤーに許可し、本を記すことによって、あるいは本を保管することによって、未来に届けることもできます。

プレイヤー、こんなことを言わなければならないのはとてもつらいのですが、残念ながらあなたの敗北は運命づけられています。局所的に勝利はしても最終的に勝つことはありません。

あなたはごく短い時間を生きてあっという間に死にます。死は敗北です。あなたはかならず負けます。  けれど、本は不死です。本は時空同様、死も超えるのです。

本はあなた以前のプレイヤーの意思を伝え、あなた以後のプレイヤーに意思を伝えます。  そして本はすべてのプレイヤーの行動を補助する可能性を持っています。

迷った時は本を開いてください。そこにはかならず有益な助言があります。それは遠い時間、遠い場所で、ほかのプレイヤーが考えたものです。あなたのために。

あなたがプレイしているのはわたしです。あなたはわたしをプレイしています。

わたしの表層に生きる小さなプレイヤー、あなたはかならず敗北しますが、それでもわたしはあなたの勝利を願っています。

さようなら、プレイヤー、お元気で。

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西崎 憲

西崎 憲

翻訳家、作家、日本翻訳大賞選考委員、文学ムック『たべるのがおそい』編集長。訳書に『郵便局と蛇』コッパード、『ヴァージニア・ウルフ短篇集』『ヘミングウェイ短篇集』(ちくま文庫)など。編纂・共訳に『短篇小説日和』『怪奇小説日和』(ちくま文庫)など。共訳書に『ピース』ウルフ(国書刊行会)など。著書に第十四回ファンタジーノベル大賞受賞作『世界の果ての庭』(東京創元社)、『蕃東国年代記』(新潮社)、『ゆみに町ガイドブック』(河出書房新社)『飛行士と東京の雨の森』(筑摩書房)など。音楽インディーレーベル dog and me records 代表。現在電子書籍レーベル〈惑星と口笛ブックス〉を準備中。
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西崎 憲翻訳家、作家

執筆者プロフィール

翻訳家、作家、日本翻訳大賞選考委員、文学ムック『たべるのがおそい』編集長。訳書に『郵便局と蛇』コッパード、『ヴァージニア・ウルフ短篇集』『ヘミングウェイ短篇集』(ちくま文庫)など。編纂・共訳に『短篇小説日和』『怪奇小説日和』(ちくま文庫)など。共訳書に『ピース』ウルフ(国書刊行会)など。著書に第十四回ファンタジーノベル大賞受賞作『世界の果ての庭』(東京創元社)、『蕃東国年代記』(新潮社)、『ゆみに町ガイドブック』(河出書房新社)『飛行士と東京の雨の森』(筑摩書房)など。音楽インディーレーベル dog and me records 代表。現在電子書籍レーベル〈惑星と口笛ブックス〉を準備中。

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