日本語ラップ好きにおすすめする現代ニッポン文学

  • 2016/11/15
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「日本語ラップ好きにおすすめする現代ニッポン文学」

三星円

2016年9月から始まったMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日)が人気を集めているそう。ラップが好き、という人は、もうその時点で小説を楽しむ素養があると思うんです。メロディに言葉をあわせる歌と違って、リズムに言葉を置くラップは同じ長さの曲でも3倍から6倍の文字数を載せることができる饒舌な音楽。

韻を踏み、言葉で遊び、時代のリアルを映し出す日本語ラップ。そんな日本語ラップを好きになり始めた、もしくは昔からずっと好きだった人へおすすめの小説をラッパーのタイプ別にご紹介します。

 

1、 漢 a.k.a GAMIのラップが好きな人におすすめなのは……西村賢太『苦役列車』

「フリースタイルダンジョン」のモンスターとしてもおなじみ漢。新宿ストリート育ち、ラップは「リアル」でなければならないという信条の下、〈二十歳になっても葉っぱは吸わねえってほざいてても2、3年経てば立派な売人〉とイリーガルなストリートビジネスについても赤裸々にライムする漢のラップが好きな人におすすめの小説は西村賢太『苦役列車』

 著者の西村賢太は中卒で、港湾労働など日雇いで働いてきたという作家としては異色の経歴の持ち主。本作で芥川賞を受賞し、受賞会見で「そろそろ風俗行こうかなと思っていた」と発言して話題になりました。そんな西村賢太が港湾労働をしていた19歳の頃をモデルに描いた私小説が『苦役列車』なのです。

中学を出て以来、鶯谷の三畳間を借り日雇いで生活している主人公・北町貫多。その日暮らしを送るなか、冷凍イカの積み下ろし作業で同い年の専門学生と知り合いになります。彼女持ちの専門学生に対する劣等感にさいなまれ見栄っ張りで女好き(というか風俗好き)の貫多の言動は私小説でありながらも、どこか突き放した冷めた目線で描かれおり、おかしみすら感じられます。

 

〈「出たぜ。田舎者は本当に、ムヤミと世田谷に住みたがるよな。まったく、てめえらカッペは東京に出りゃ杉並か世田谷に住もうとする習性があるようだが、それは一体なぜだい?おめえらは、あの辺が都会暮らしの基本ステイタスぐれえに思っているのか?…」〉

 

専門学生の彼女に啖呵を切るシーンは思わず大笑い。「ストリートは一般社会のレールに乗れなかった人間たちが生きる社会」と漢は言いますが、『苦役列車』もストリートに生きるストーリーのひとつなのです。

 

 

2、 Creepy Nutsのラップが好きな人におすすめなのは……木下古栗『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』

漢と同じく「フリースタイルダンジョン」のモンスターであり、フリースタイルの全国大会3連覇を成し遂げたラッパーR-指定と、DJ松永によるヒップホップ・ユニットCreepy Nuts。リリックはルサンチマンたっぷりなのにライムとトラックはノリノリ超絶技巧なCreepy Nutsの曲が好きな人には木下古栗『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』がおすすめ。

 

 Creepy Nutsと古栗、名前が種子っぽいところだけじゃなく、言葉オタクでおふざけに真剣なところも似通っているのです。曲名からして「合法的トビ方ノススメ」や「中学12年生」など「普通」の人があぐらをどっかりかいている価値観を揺さぶる言葉をチョイスするCreeepy Nutsが好きな人は、小説自体のお約束をぶち破る古栗の小説がきっと気に入るはず。

表題作「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」は、失踪した米原を、米原含む会社の同僚数人でフレンチ和菓子寿司寿司インドカレーと食いまくりながら捜索する話。そこにいるじゃん!米原!ってつっこみたくなりますがノリノリの文章にぐいぐいひっぱられて、最後は唖然。小説ってなんでもありなのです、ラップと同じく。

同じ本に収められている短篇「Tシャツ」も中年女性まち子があらゆる新しいことにチャレンジする場面が圧巻。

 

〈まち子がラップを口ずさむ。まち子がすのこで財をなす。まち子がバンパー引きちぎる。まち子がヤクザに犯される。まち子が路上でバラされる。まち子が不死鳥よみがえる。まち子がしらたき飲み込めず。まち子が明日にもパクられる。まち子が不起訴で免れる。まち子がケニアで重婚す。まち子がしゃっくり止まらない。〉

 

この調子が3ページ以上にわたって続き、最後は人類が滅亡し地球は消滅します(本当)。一見ただ文章を書きなぐっているように見えるものの、音読してみるとすごくリズミカル。技巧より前に言葉の面白さがくるところもCreepy Nutsと通じるところ。中毒性が高いフルクリ・ワールドをぜひ堪能してみてください。

 

 

3、 KOHHのラップが好きな人におすすめなのは……舞城王太郎『淵の王』

世界中でミュージックビデオが再生され、宇多田ヒカルのニューアルバムに参加したことでも注目を集めるKOHH。タトゥーだらけのからだをハイモードのファッションに包み、身近でシンプルな言葉を用いてときに適当に、ときに真剣にラップするKOHHが好きな人におすすめするのは舞城王太郎『淵の王』。

「一人で死んでみんなで生きてる」と泣き出しそうな声でラップするKOHHの「一人」を聴いたとき、『淵の王』の文体と重なったのです。『淵の王』は「中島さおり」「堀江果歩」「中村悟堂」と三人のパートに分かれて語られていく小説です。けれど語り手はその三人本人ではなく、それぞれ「あなた」「君」「あんた」と守護霊のようなものから呼びかけられながら「闇」に立ち向かいます。悪意があるところにぽっかりと広がる暗い穴。ホラー的な要素を通して謳われる愛と人生。中島さおりを「あなた」と呼びかける存在は闇に飲まれながらこう思います。

 

〈悔しい。

あなたとここで別れるのが悔しい。

あなたを含んでいるという理由で、私はこの世界が好きだった。

あなたのことが好きだったのだ。

それを、そもそも無理だったとしても、伝えることができずにこうやってなくなっていくのが悔しい。

だってどんな愛情だって、伝えられないこと以上の不幸ってないでしょう?〉

 

 むずかしい言葉はない。それでも心の深いところを打ってくる。舞城の小説の声とKOHHの声は同じ時代を映し出し、同じ軌道を描いているように私には見えます。そういえばKOHHも舞城も絵を描くことで知られています。ふたりとも言葉で表現しつくせないものまで表現しようとしているのかもしれません。

 

****

 

 好きなものがつながって好きなものが増えていく喜びは、コラボレーション、フィーチャリングが多いラップ・ミュージックのファンなら体験したことがあると思います。その輪がラッパーにとどまらず小説まで広がるとさらに面白いはず。言葉はアイテム。アイテムが増えると聴くことも読むこともライムすることもさらに楽しくなることは間違いない、と保証します。

 

 

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三星円(みほしまどか) コラムニスト。1982年横浜生まれHIPHOP育ち。 Twitter:@mihoshi_m  みほしブログ:mihoshiblog.com

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